小学校の頃に英雄から戦犯になった友人

小学4年生の頃、クラスメートの広井君宅へお邪魔した時のこと。もう一人の友人である岡田君含め3人でファミコンをしていると、広井君のお母さんが部屋のドアをノックして広井君を呼ぶ。ドアの外に耳を傾けると、広井君のお母さんが「これで焼き鳥でも買ってくれば?」とお金を渡していたようだ。地獄耳の僕はその言葉を聞き逃さず「よっしゃ焼き鳥喰えるぜ!」と心の中でガッツポーズ。

部屋に戻った広井君は得意気に「えー皆さんに良い報告があります」と、当時クラスの担任だった先生のモノマネで千円札を受け取ったこと、皆で焼き鳥を買いに行こうという発表をした。直前のやり取りを聞いていたので僕は冷静だったが、岡田君はゲームそっちのけで「マジで!?ありがとう!!」と年頃の少年らしく素直に喜んでいた。

ロード・トゥ・焼き鳥屋

普段、商店街で焼き鳥屋の前を後ろ髪を引かれながら通っていたが、今日は客だ。僕らは広井君の後ろに付き、「あれ食べたい」「これ食べたい」とブツクサとリクエストする。広井君は「何度も言うけど千円以内な笑」と、なぜかお兄ちゃん口調だったのは今考えても腹立つが、あの日あの時にポールポジションに立っていたのは間違いなく広井君。従うほかない。

「いらっしゃい!何にする?」焼き鳥屋のおっちゃんは小さな客人に明るい口調で話しかけてきた。広井君は得意気に「えーと、今日のオススメはなんですかね?」と、常連客のような語り口調でおっちゃんに聞く。おっちゃんは少し考えて「うーん。そうだな〜鶏皮とかどう?柔らかいし美味しいよ!」。

広井君は「じゃあ、それ3つと、あとはつくね1本、あー他何か食べたい?」と後ろを振り返りながら完全なリーダー気取り。岡田君が「俺、もも食べたい」と伝えて、僕は「じゃあ、俺ねぎま」と遠慮無くリクエストする。広井君は慌てて「千円までだよ!」と釘を刺す。そうして千円MAX使いきり、僕らは焼き鳥の焼き上がりを待った。

「広井、本当にありがとうな!」
僕と岡田君で今日のMVP英雄広井を褒めちぎる。

「いいっていいって笑」
広井君もまんざらではさそう。

「はーいお待たせ〜」。おっちゃんが焼き上がった焼き鳥をまとめて大きな袋を広井君に渡す。僕らは今か今かと固唾を呑んで見守っていたが、広井君が「外じゃなんだから、もう一回ウチくる?」と言う。正直我慢出来なかったものの、焼き鳥食べながら麦茶も飲みたいなと思い、僕は「いいの?そうしよっか!?」と率先して答えた。岡田君も「そうだね!」と満場一致となったので、もう一度僕らは広井君宅へ向かった。

皆早く食べたい一心で自転車のペダルを強く漕ぎ、知らず知らずに誰が一番最初に広井君宅へ到着するかゲームが開始されていく。僕はこの頃から若干冷めていた性格だったので、直ぐに最後尾でゆっくり後から付いて行ったが、二人共立ち漕ぎして譲らない。

ふと、広井君のカゴに入った焼き鳥の行方が気になった。砂利道を走っていたのでカゴが激しく揺れ、その度にカゴに入った焼鳥がジャンプしていた。「落とさないでくれよ」そう祈りながら、僕は二人のレースを見守っていた。

しかし・・・事件は曲がり角で起きた。

広井君は自転車を飛ばし過ぎて注意力が散漫になったのか、砂利道にあった大きな石を見逃し踏んでしまう。そして、バランスを崩した広井君は自転車もろとも横の畑に突っ込んでしまったのだ。

僕も岡田君も「大丈夫か!?」と大きな声で広井君の応答を待つ。ちなみにこの時発した“大丈夫か!?”は、岡田君の心配2%:焼鳥無事か?98%の比率であることは10年後に両者一致確認済み。

「っふぇ。。っふぇ。。。」岡田君の啜り泣く声が聞こえてきた。見るとカゴから放り出された焼鳥も畑に散乱されている。土が付いてしまった焼鳥は、全て砂肝ならぬ泥肝へ変化し、僕らの食欲も著しく低下させた。

膝を擦りむいた広井君が座りながら足を上げると、短パンの横から広井君の未完成のつくねがヒョッコリと顔を出している。今ならちょうちんという種類の例えもできるが、当時そんなボキャブラリーがない僕は「広井のつくねは要らんわ」と言うと「うっさいボケ笑」と、少し元気を取り戻してくれた。

焼鳥は戻らなかったけど・・・

とりあえず泥だらけの焼鳥を皆で集め、広井宅へ戻る。家に買えるとお母さんが「あああ!?あんたまたこけたの?何やってるのよもぉ〜」と広井君を責めた。家を出てから焼鳥を買うまで英雄だった広井君の表情はまるでしそつくねのように青ざめ、ただただこの時が終わるのを待っていた。

「だってあんなところに大きな石が。。」「言い訳はいい!二人にちゃんと誤ったの?」とお母さん容赦なし。相場は「いいですって」なんだろうけど、お母さんの迫力があまりにも凄くて援護する隙もなく、いつの間にか僕らも怒られているような気分になった。

「まあ、とりあえず入りな」と言われたが、怖気づいた岡田君が「あっ!そういえばお母さんに買い物頼まれてるんだった!」とテキトーな嘘を付き、僕も合わせるように「今日は帰りますよ!」と続いてしまった。

ごめんね広井君。

だってあの時あのまま家入っても修羅場やないか。。僕らを見送る広井君の笑顔はぎこちなく、隣で手を振るお母さんの笑顔はレバーのような癖の強さを感じた。それ以降、焼鳥を食べる度にあの日の広井君を思い出す。

今までもそうだし、これからもきっと。

現在

広井君とはそれからもたまに会う関係は維持しており、先日は今年生まれたという赤ちゃんを抱っこさせてもらった。

女の子なんだけど顔は広井君そのもので、僕はふと焼鳥畑ぶちまけ事件を思い出してしまった。いや、この子に罪はない。そもそも20年以上前の記憶を蘇らせることがどうかしている。それでもこの子の頭が、あの日畑で広井君の短パンからはみ出てたアイツ、そう、つくねにどことなく似ていた。

あの食べられなかった焼き鳥屋のつくね、短パンからはみ出てたつくね、お母さんに怒られてのしそつくね。。。広井君のつくね物語はこうして後世に語られていくのだろう。