読書感想文『世界から猫が消えたなら』自分の命と同じ価値のものとは何だろうか?|川村元気

  • 2021年9月19日

映画『世界から猫が消えたなら』を皆さんは見ただろうか?

そして、この原作本を読まれただろうか?

思ったよりも読みやすい本

正直な話、僕が初めて川村元気さんの『世界から猫が消えたなら』の文庫を読んだ時の感想はあまりよくなかった。おそらく、僕が勝手にこの作品に対して抱いていた「しっとりとした物語」という印象と違い、この作品は思いのほか「ポップで読みやすい物語」だったからではないかと思う。

小川洋子さんの『博士の愛した数式』などにみられる美しい文字の羅列を期待していただけに、僕の中でそのギャップを埋めきることができなかった事が原因だと思っている。

例えるなら、AVのタイトルではコスプレ物であることを前面に押し出しているくせに、プレイに入るとすぐに全裸になる女優を見ているような、期待していたものが見れなかった状態に非常に近い。

自分に置き換えて考えさせられる

しかし、出会いの印象が良くなかろうと、それでもこの作品は特殊で、繰り返し読んでいくことで興味の対象が「ストーリー」から「自分自身」に移っていく不思議な作品なのだ。

簡単に言えば「自分に置き換えたらどうなるのか?」と自問自答しながら読むことで、ストーリーの枠を超えて理屈ではなく自らの感性で受け止める物語として存在しており、その「ある種の芸術作品」のような部分こそ、この作品の人気の秘密なのではないかと思っている。

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どんな物語なのか?

あらすじは非常にシンプル。

ある日、陽気な悪魔がやってきて、余命一日の主人公の寿命を世界に存在する”何か”と引き換えに一日伸ばすという契約を持ちかける。主人公は寿命と引き換えに、悪魔が指定する”何か”を消していく事に同意するのだが・・・。

消えていく”何か”にまつわる主人公の思い出が描かれていくので、その思い出も同時に消えていくように感じるあたりが切なさを誘う。”何か”が消えていく世界の中で、主人公はどのような選択をしてくいのか?

ちなみにこの作品に否定的な印象を持つ方は、命を題材にしている割に、悪魔のノリが軽すぎることを指摘する人が多いのではないかと思う。『夢をかなえるゾウ』ガネーシャのような軽さで生死を扱うとどうしても違和感が生じる気持ちはとてもよくわかる。

大切なものは失ってから気づく

重要な要素として”何か”が消えた時、主人公はその”何か”を失ったように感じるが、主人公の周りの人たちは初めからその”何か”が存在していたことすら知らないということ。

人間とは不思議なもので初めから知らなかったり、持っていなければ何とも思わないのに、何かを知っていたり、持っている状態から失うと、激しい喪失感を味わうことになる。主人公はその激しい喪失感と向かい合っていく。

ありきたりの言葉だが、大切なものは失って初めて気づくのだ。

その感覚は、お気に入りのアダルトサイトがある日突然見れなくなった時に感じる喪失感に非常に類似している。

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自分の命の価値は外の世界に

この物語の主人公になったつもりで考えて想像してみてほしい。自らの寿命の為、一つ一つ”何か”が消失していく世界を。

多くのものが失われていく中で、あなたはきっとどこかで、『消えてしまう”何か”が存在しない世界で自分が生きている意味がない』と感じるタイミングがあるはずだ。

その”何か”とは、自分が”死ぬこと”と同じだけ価値のあるものといえる。”死ぬこと”とその”何か”が同価値ということは、“生きること”とその”何か”も同じ価値であるといえる。

つまり”自分が生きること”は世界に存在する”何か”の存在があって初めて価値のある存在であるといえる。

みなさんは、自分の命と常に釣り合っている”何か”について考えたことはありますか?

つい忘れがちになるが、僕たちはその”何か”を自分の命と同じように大切にしなければいけないのだ。

映画化の情報

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映画『世界から猫が消えたなら』は、佐藤健さん、宮崎あおいさんが主演。なんだかとてもオシャンティー雰囲気が漂っている。それこそ、小川洋子さんの作品を映画化したような雰囲気が漂っていますね。

動画をみると歌も良い。調べたところ、主題歌を若干16歳のHARUHIさんが歌う事でも話題になっているみたいですね。とても透明感のある歌声で、僕は好き。

予告を見る限りだと、原作よりもしっとりとした空気感で映像化しているように見える。また違った印象の物語の世界に浸れるかもしれないと思うと嬉しいですね。何気ない日々の生活は、つまり幸せであることの証なんでしょうね。映画を見たら、きっとまた濡れてしまう。頬が。

『死神の精度』伊坂幸太郎

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「たとえばさ、太陽が空にあるのは当たり前のことで、特別なものではないよね。でも、太陽は大事でしょ。死ぬことも同じじゃないかって思うんだよね。特別じゃないけど、まわりの人にとっては、悲しいし、大事なことなんだ」

―作中より―

他に「死」をテーマにしている物語といえば伊坂幸太郎さんの『死神の精度』という作品がある。ミュージックをこよなく愛する死神が、一週間の調査ののち対象者の死に可・見送りの判断をくだしていく。その死神と出会う人間たちの六つの人生が描かれる。

伊坂幸太郎作品の中でも比較的初期の作品の為か、最近の作品よりもややサッパリとした台詞でセンスを感じて気持ちいい。連作短編集になっておりそれぞれ独立した話になっているのだが、最終話「死神対老女」で、見事なまでに伏線を回収して一つの大きな長編作品に昇華させるあたりが伊坂幸太郎作品の素晴らしさといえる。

やはりいつか終わりがくる「死」というものをどのように迎えるべきかを考えさせられる名作だ。

ちなみに映画の千葉(死神)は金城武さん。死神のシニカルな雰囲気にベストマッチしていると個人的には思う。

最後に

もともとLINE連載小説という世界初の試みで人気が出た作品なので、もともと多くの人に知られる機会のある物語だ。さらに映画の公開日も近いのでそちらに興味も湧いているのだが、漫画にもなっているようだ。初めて知った。しかも「花とゆめコミックス」で少女漫画テイスト?なのか?

詳しくは読んでほしいので書かなかったが、コミックの表紙に描かれている主人公が抱いている猫、名前はキャベツというのだが、その猫が物語をそっと優しく包んでくれる要素になっている。

映画を見るか小説を読むか

個人的にこの作品は映画を受け身で観ることよりも、小説や漫画の世界に主体的に飛び込んでいく方が、自分自身と向かい合えて胸の中に残るものがある作品だと思っている。映画にすると、ストーリーで涙を誘う物語として描かれると思うので、ただのお涙頂戴物語になっていないかがとても心配だ。

しかし、著者である川村元気さんは、あの「電車男」「デトロイトメタルシティ」「告白」「モテキ」など圧巻の人気作品の企画、プロデュースを手掛け、史上最年少で藤本賞を受賞した映画プロデューサーでもあるので、そのあたりは感動を誘いつつ、深く考えさせられる打合せを重ねているのではないかと期待している。

ただ、当然それを確かめるためには小説も映画も観る事になるので同じことなのだが、笑。

そのうち、川村さんの「億男」も読んで感想を書きたいと思う。テーマがテーマなのでジンワリ真面目な書評になった。駄文失礼。

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