性別を超えて楽しめる『女子的生活』はポジティブでキュートな痛快ガールズストーリー!-坂木司

坂木司の各登場人物たちはいつだって優しい。ちょっと優しすぎると言ってもいい。作品の中に悪意も少なく、あったとしてもその悪意を超える優しさで最終的に作品全体を覆ってしまうような印象を受ける。人によっては物足りなさを覚えるそんな印象が僕の坂木司の印象だ。

ところが、そんな優しさを前面に押し出したような印象を軽く覆してくれた作品がある。 今回は良い意味で坂木司の印象を裏切ってくれた『女子的生活』という作品のネタバレ感想を書いていきたいと思う。

女子的生活

あらすじ

都会に巣食う、理不尽なモヤモヤをぶっとばせ! 読めば胸がスッとする、痛快ガールズストーリー。ガールズライフを楽しむため、東京に出てきたみきは、アパレルで働きながらお洒落生活を満喫中。マウンティング、セクハラ、モラハラ、毒親……おバカさんもたまにはいるけど、傷ついてなんかいられない。そっちがその気なら、応戦させてもらいます! 大人気『和菓子のアン』シリーズの著者が贈る、最強デトックス小説。引用:amazon

優しい作品を描く坂木司が描いたトランスジェンダーの話。男性生まれで女子になりたい主人公みきの視点から、女子的な生活とはどのようなものかが描かれている。一応、みきの性対象者は女性であるところがトランスジェンダーの難しい所だ。

ちなみにトランスジェンダー(Transgender)をWikiで見てみると、

トランスジェンダーは、ある人の「割り当てられた性」 (身体的特徴ないし遺伝子上の性に基づく男性か女性かの他人による識別) とは違う「性同一性」 (女か男か、あるいはそのどちらでもないか) の状態にある。引用:Wikipedia

と、いったもの。言葉にすると難しく、さらに定義も難しく、和訳の際にも定訳と言えるものはないようだ。なんというか、定義も未だに進化して新しい概念を生み出しているような状態の言葉ですよね。

感想

物語のスタート段階では女性の話のように始まる。言い方は悪いのだが僕みたいな面倒くさがりの一般男性の目線から読むと、なんとなく接しにくい”女の子らしい女の子”というか、”キャピキャピした”という最近ではあまり使わないような言葉を使わざるを得ないような印象の良くない女性の話に感じてしまった。

ああ、この好感が持てない主人公の物語をずっと読んでいかなければならないのか・・・という苦痛を感じ始めた頃、初めて主人公がただの女性でないことが分かる。主人公のみきはトランスジェンダーで、生まれた性別は男性なのだが、心は女性。しかし、男に興味がなく、好きになるのは女性。というなかなか複雑な人物なのだが、なるほど、女子”的”生活とはそういうことか!と、そこではじめてピント来るわけだ。この入り口の構成はなかなかやるな、といった印象だ。

みきはシェアハウスの相手がいなくなったタイミングで、転がり込んできた学生時代の同級生の後藤と、何故か共同生活を始めることになる。後藤が知っているみきは、まだ容姿が男性だった為、そのギャップを埋めるところから描かれるのもとても面白く、みきと後藤の謎の同居の関係性の中で感じる偏見や楽しみ、悪意や友情などが描かれていく。

結局、「友達」だとか「恋人」というように人間同士の関係性を明確な言葉で表すことよりも、その関係性をお互いが信頼できるかどうかが大切なのだろう。これ、セクハラ問題も同じなのかもしれないけどね。筋が通っていて潔い(諦めているようにも見えるが)みきの生き方と、そこに転がり込んできた後藤の裏表のない実直さに強い好感を持てるので、読み心地が清々しいのもとても良い。テーマは重いけど、主人公がたくましく明るいからさらっと読めてしまうので、何故か心から勇気が湧いてくるポジティブな印象の日常生活の物語だ。

みきは魅力的

主人公のみきがとても魅力的なのは、全てのことに冷静で覚悟を持って生きているからだ。例えば、性に対する偏見を受けても「ああ、ハイハイこのタイプね」で済まして、歯牙にもかけないでやり過ごしてしまう。この感覚は人間としてとても強い。

その根幹にあるのは、おそらく人間として最低のくそったれ×××野郎の兄の存在と、みきの心と身体のことを理解してくれた両親の存在だ。その両極端の考え方が心の両側に存在しているために、人間の残酷さとその残酷さに対する強さを手に入れることが出来たのではないだろうか。覚悟を持ったみきの人物造形はとても魅力的だ。

女子”的”生活

もうひとつ、みきを面白く感じたのは女子的な生活だけではなく、女子的な考え方も全力で楽しんでいることだ。

「女子的な考え方 = 女子的面倒くささ」

とも言い換えることが出来るのだが、キラキラして可愛い生活や女子的な可愛いオシャレはもちろん、男性のいる場で女子が行うバトル的な部分や、女性特有の陰湿な戦いも含めて面白くて楽しいと言ってテンションをあげる性格はとても素敵だ。合コンの時に同じ女子に対して攻撃的に頭をまわし、褒めるけど落としたり先制攻撃をしたりと普通だったら面倒くさく感じてしまいそうな部分もひっくるめて女子でいることは楽しいのかもしれない。てか、女子は合コンのときにここまで考えているものなのかと衝撃を受けてしまった。恐ろしいね、女子は、笑。

僕は年齢が上がれば上がるほど男女の性別があやふやになり、男女の性が近くなる傾向があると思っている。その上で若いころは女性が、年齢が上がってからは男性の方が生きやすいとも思っている。女子的な面倒臭さを羨ましがりつつ女性として生きるみきは、ある意味では将来的な選択肢があるというのは、ある意味では幅の広い生き方を選ぶことが出来るともいえるのかもしれない。

余談だが、女性目線で性の対象が女性であることなどはなんとも新鮮で、合コンでの落とし方などがとても興味深かったので単純に読んでいてドキドキして面白かった。

ドラマ化

2018年1月にドラマ化。内容はデリケートだが、何となく安心できるのは製作がNHKであるということ。キャストはこちら。

小川みき/志尊淳

後藤忠臣/町田啓太

かおり/玉井詩織

仲村さん/玄理

ゆい/小芝風花

お、魔女の宅急便でキキを演じた小芝風花さんが出てる。ちょっとだけテンションが上がる。果たしてどんなドラマになるのか今から楽しみだ。

最後に

性の問題はデリケートだが、その部分を避けるのではなく普通に触れることで得られる知識があり、知ることで視野が広がり、見えてくる景色が変わっていくのだろう。

作品を読み、自身とみきの考え方を比べるとやっぱり全然違うなと感じる部分もあれば、自分の感覚と同じすぎて何の違いもないような感覚が同居している印象を受ける。

それはきっと性的な部分は無関係に、人間と人間が接するときに誰しもが感じる普通の感覚でしかない。人と人の違いなんてそんなもんなのだ。トランスジェンダーといった細分化された一つの分野の話ではなく、どんな物事においても自分の知らないことにフラットに関われる人間になりたいものだ。