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平山夢明『恐怖の構造』感想文|恐怖と不安の違いを理解することで人生のピンチに立ち向かえるかもしれない!

恐怖の構造 (幻冬舎新書)

平山夢明の著書『恐怖の構造』を読んだ。

平山夢明といえば、人間を食べたり理不尽に殺されたりするようなグロい描写がてんこ盛りな物語を書いている為、あまり大きな声で他人に好き好き宣言をしたことはないのだが、僕は氏の本が大好きだ。

当然、ホラー、猟奇殺人、理不尽な死など、本来普通に生活している人間が関わりたくないような内容を文章にしているので、世間から100%受け入れられる作風ではないことはわかっている。

しかし、怖いもの見たさという好奇心がその嫌悪感や恐怖を上回って、気が付くと手に取って読み始めているという謎の中毒性があるのが平山夢明の小説だ。

今回はそんな平山夢明氏が書いた小説・・・ではなく、恐怖について考察している作品『恐怖の構造』についてのネタバレ感想を書いてみたいと思う。

恐怖の構造

サーカスのピエロを、たまらなく恐ろしく感じる症状を「クラウンフォビア」という。また本来なら愛玩される対象であるはずの市松人形やフランス人形は、怪談やホラー映画のモチーフとして数多く登場する。なぜ人間は、“人間の形をした人間ではないモノ”を恐れるのか。また、日本人が「幽霊」を恐れ、アメリカ人が「悪魔」を恐れるのはなぜか。稀代のホラー作家が、「エクソシスト」や「サイコ」など、ホラーの名作を例に取りながら、人間が恐怖や不安を抱き、それに引き込まれていく心理メカニズムについて徹底考察。精神科医の春日武彦氏との対談も特別収録!(引用:amazon)

数々の恐怖を描いてきた平山夢明が恐怖について考察した本。

市松人形やフランス人形が暗闇に置いてあったら何故かとても恐ろしいのは何故なのか?

といった、言われてみれば確かになんでだろう??と頭にクエスチョンマークが浮かぶような内容について詳しく解説してくれている。

心象としては、細かい分析を重ねてたどり着いた本というよりも、数多くのホラー作品、怪談、体験談を聞いてきたことで生まれた経験則を文章に起こしたような作品に感じられた。

また、映画や小説を引用しつつ恐怖について語られていくので、その作品そのものに興味の対象が移行していき、最終的にその作品を見たくてたまらなくなるので、ある意味ではホラーの世界に引き込まれていくような入門書のような役割を果たしている本にも思える。

ホラーの魅力はカタルシスなのか?

書かれている内容の多くに納得しているものの、ホラーの良い点として、抑圧からの解放・・・つまり”カタルシスを感じられる点”が挙がっていた部分に関しては疑問に感じている。

ホラ―の種類によってはカタルシスを感じにくい作品も多いし、そもそもカタルシスならホラーではなく青春スポーツ小説でも感じられる

それこそ『ROOKIES』で感じる爽やかなカタルシスの方が、ホラーで得られるそれよりもずっと楽しめるので、ホラーの一番の魅力がカタルシスであるというのは少し同意できない。

もちろん、納得できない部分だけではなく、本書の中で非常に興味深い考察が書かれている部分もある。

それは、恐怖と不安について考えられていた部分だ。

その内容は思わず唸るような素晴らしい内容だった。

以下で簡単にまとめてみた。

恐怖と不安

この作品における中心的考察は、”恐怖””不安”の違いについての考察だ。

この考察は非常に興味深いものだった。

著者は本書の中で”恐怖””二股に分かれた道”であり、その対象が明確になっていると定義している

恐怖というのは生きることに困難さを抱えている人間の苦悩を、一時的にストップさせる機能であり、イメージ的には電力負荷が強すぎた場合にブレーカーが落ちる機能に似ている。

対して、”不安””だだっ広い砂漠”のようであり、その対象が不明確な状態と定義している

不安というのは抱えている困難への対象が不明瞭なため、人を駆り立てる機能がある。

イメージ的には検索の対象が多すぎてオーバーヒートしそうなPCのようだ。

人間が恐怖だと感じていることは、実は不安であって対処方法がないケースも多く、不明確だからこそ戦うに戦えず逃げずに逃げられないという恐ろしい精神状態が生まれるのかもしれない。

対処が出来ない分、恐怖よりも不安の方がずっとたちが悪いのだそうだ。

これは本当に納得してしまった。

自分に負けて精神がグラリと揺れた時、その根本を見つめられるように恐怖と不安の線引きを明確に自分のなかに持っておいた方がいいのかもしれない。

ホラーに詳しすぎて

この本はとても興味深くて面白いのだが、自分と平山夢明との間にホラー関連に関する知識の差がありすぎて戸惑ってしまった

スティーブン・キングの小説の一部や、映画『シャイニング』についての簡単な知識はあるものの、平山氏とのホラーに関する基礎知識の差が激しすぎて、読んでいてなんだか申し訳ない気持ちになってしまった、笑。

熱を持って語ってくれている相手と、情熱のギャップを感じて申し訳なくなってしまう感情だ。

熱量の差もあるし、そもそも論として僕はあまりホラーというジャンルに触れる機会が少なかった。

ホラー作品に漂うピンと張り詰めたヒリついた空気が好きなのかどうかを自問自答すると、やはり僕自身はホラーというジャンルそのものは好まないかもしれない。

気持ち悪いのは好きだけど、怖いのは嫌なんだろうと思う。

でもこの作品を読んだら、皆さんもキングの小説だけは絶対に手に取ってみたくなると思う。

最後に

興味深く読ませてもらったのは間違いないのだが、この作品はタイトルのように恐怖の”構造”と呼べるほど、細かく体系立てて分析されたものではない

読んだ方の一部には期待していた内容ではなく、あまり良い印象を受けない方もいるかもしれない。

ただ、普段から物語として人間の恐怖を描いている平山夢明が恐怖について語ること、そのものに意味があるようにも思う。

24時間、365日、恐怖について考えている人間が考える『恐怖の構造』とはなんなのか、単純に興味をひかれてしまうのだ。

人間にとって普遍的な『恐怖の構造』ということではなく、あくまでも平山夢明が考える『恐怖の構造』とは何か?という意味合いで、僕はこの本をおすすめしたいと思っている。