皆川博子『アルモニカ・ディアボリカ』感想文:BL好きの女子以外も楽しめるミステリアスで愛情深い人間ドラマ

  • 2022年7月8日

前作の『開かせていただき光栄です』の世界から5年後のイギリスを舞台にしたミステリー?小説。便宜上、ミステリーと付けたが、実際は言葉でカテゴライズ出来るような作品ではなく、「素晴らしく面白い小説」というような抽象的でチープな言葉になってしまうのが悔しいが、実際に素晴らしく面白い小説なのだ。

物語の性質上、前作である『開かせていただき光栄です』のネタバレを含まずに感想を書くことは難しいのでガンガンネタバレをしていく。

ゆえに前作を読んでいない方はこの文章を読むべきではない。さっさとPCを閉じて前作を本屋で購入して読み終わってからこのページを開いてもらいたい。

アルモニカ・ディアボリカ

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あらすじ

第12回本格ミステリ大賞受賞、本の雑誌増刊《おすすめ文庫王国2014》国内ミステリー部門第1位に輝いた『開かせていただき光栄です』の待望の続篇、ついに刊行! 前作のラストから5年後の1775年英国。

愛弟子エドらを失った解剖医ダニエルが失意の日々を送る一方、暇になった弟子のアルたちは盲目の判事の要請で犯罪防止のための新聞を作っていた。ある日、オックスフォード郊外で天使のごとく美しい屍体が発見され、情報を求める広告依頼が舞い込む。屍体の胸には〈ベツレヘムの子よ、よみがえれ! アルモニカ・ディアボリカ〉と謎の暗号が。師匠を元気づけるには解剖が一番! と、アルたちはダニエルと共に現場に旅立つ。

それは、彼らを過去へと繋ぐ恐るべき事件の幕開けだった。ユーモアとペーソスに満ちた絢爛な歴史ミステリ、オールスター・キャストで再度開幕!

(引用:amazon)

前作の続編なので、前作を読んでないと人間関係を含めてほとんどわからないかもしれない。それだけ話が濃厚で人間関係が複雑な物語である訳だが、今回も前作同様、少し特殊な屍体(胸に謎の暗号が書かれている屍体)が発見される

ダニエルエドジョン・フィールディングが中心だった前作とは少し趣が違い、さらに様々な角度から少しずつ物語の全容が見えてくる作りなので、角度によっては○だったり、反対から見たら×だったり、上からのぞくと記号ですらなかったりする奇想天外な展開を見せる。

感想

続編という認識よりも二冊合わせて一つの作品と考えても良いくらい前作とのつながりが深い。前作のラストで切なくもダニエルの元を去っていったエドとナイジェルがその後、どのような時間を過ごしてきたのかがわかる作品。

この作品は、主人公がいない作品であるのと同時に全員が主人公たり得る物語だと感じた。前作の中心人物というか、ほぼ主人公状態だったエドは今作においては殆ど登場しない。代わりに骨皮(スキニー)アルがほぼ主人公状態で、様々な役割をこなしている。盲目の判事ジョン・フィールディングも主人公として事件を考えているし、詩人のネイサン・カレンは無鉄砲な主人公そのものだ。特にアルは誠実で仲間思いで、頭も切れるので前作とは比べ物にならない位魅力的なキャラに描かれている。

登場してくる皆がそれぞれ魅力的な主人公なので、話が違う誰かに展開したとしても同じテンションでドキドキできるという特徴がある。ゆえに、謎は謎で気になるのだが、その謎よりも登場してくる彼らの行動や考え方や友情や愛情の方が魅力的に見える。それはきっと、皆川先生から本当に命を授かった人間が物語の中にいるということで、謎の為に物語がある一部のミステリー小説と違い、物語の為に謎があり、あくまでも人間ドラマにこそ、この物語の魅力があるということを示しているのだと思う。

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二つのキーワード

今作品で注目すべきキーワードは二つ。

ひとつは「ベツレヘム」。もうひとつは「アルモニカ・ディアボリカ」

二つの言葉の意味をジョン・フィールディングアン・シャーリー・モアたちは知らない。一体何のことなのか?当然皆で悩んで探すのだが、途中からその二つのキーワードを中心とした別の語り手の物語が描かれることになる。

軽くネタバレするが、その別の語り手とは、ベツレヘムの中にいた彼の視点での物語と、アルモニカという楽器が生まれるまでの作り手の物語だ。重要な二つの視点での物語を読者が読み進めることで、読者には物語の真相が軽く見えはじめる。その絶妙な見せ具合も流石と感心してしまう。細かくは絶対に本を読んだ方がいい。

BL要素が気にならない

この作品(前作もだが)は要所要所でBL的話が出てくる(それは時代背景からくる演出かもしれないが)。男性が男性と○○するような売春宿があったり、男性が男性に惚れたりなんだったり。僕自身はそういった表現が苦手寄りの人間ではあるが、皆川さんが描くこの作品に関しては、そのBL的要素がまったく気にならない

自分自身でも不思議でならないのだが、それらの表現も含めて一つの作品とみなしてしまう完成度の高さからくるものなのかもしれない。いや、ホント凄いよな。ゲイもカモンって感じだもん。

最後に

解剖や殺人、売春宿に屍体とおよそロマンスとはかけ離れた言葉が飛び交うこの物語だが、前作同様にこの一連の事件の根底には『愛情』が存在している。そう。この物語は愛情の物語なのだ。

一般的な男女の愛情。友人同士で交換される愛情。誰にも知られない隠れた愛情。先生が弟子に向ける愛情。男性から男性への愛情も描かれる。幾重にも重なる愛情があるからこそ事件は発生し、また事件は収束する。

その愛情が誰から誰に向けられるかを想像しながら読んでもらうとさらにこの『アルモニカ・ディアボリカ』の世界を楽しむことが出来るのではないかと思う。

是非とも皆川先生が描く人間同士の愛情の物語をじっくり読み解いてもらいたい。文庫での発売で読みやすく楽しめるはずなので前作開かせていただき光栄ですと合わせてお勧めしたい。

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