トウコがしていた不倫と妊娠と結婚について

はじめに

1人のサラリーマンが、僕を押しのけて電車の空席に腰をおろした。

押しのけられた時に、僕の背中を突き飛ばすようにドンと押してきたので少し腹が立ったが、そのサラリーマンが座る姿を見て僕は知り合いのトウコさん(仮称)のことを思い出してしまった。フラッシュバックした思い出を脳裏に浮かべながら、後悔と驚きの感情が心によみがえり僕は吊革にもたれかかった。

何故サラリーマンが座る姿を見て僕がトウコさんを思い出したのか?

思い出されたトウコさんとはいったいどういう女性なのか?

今日はそんな話を吐き出してみたい。ちょっと嫌な話なのだが、興味を持って貰えたら少し付きあって欲しい。

トウコさんの不倫

トウコさんと初めて知り合ったのは共通の知り合いが主催するフットサルグループだった。僕がそのグループに参加した当時、トウコさんはフットサルに一緒に来ていた既婚者の男性と不倫をしていた。当時のトウコさんは年齢が33歳。結婚はしておらず、気が強そうな顔立ちで軽く茶色に染めた髪を束ね、大別すれば美人の部類にはいる容姿を駆使して男性が多いフットサルグループに溶け込んでいた。不倫と聞くと薄暗い場所で行われるイメージがあるが、トウコさんの不倫は堂々としたものだった。既婚者の男性の車の助手席で堂々とフットサルに来る。終わった後はその人に家に送ってもらい、夜は豪快な無回転シュートも決められていたらしい。やぁこれほど堂々とした不倫というものが存在するのか。石田純一が「不倫は文化」と言っていたが、その考え方は形を変えて根付いているなと思ったものだ。

不倫の終わったトウコさん

しかし、数ヶ月経つと2人の関係はすぐに終わったようで、不倫をしていた既婚者の男性はフットサルにまったく顔を出さなくなった。トウコさんは不倫相手に誘われてフットサルグループに参加していたので、不倫関係が終わったらフットサルには来なくなるものだと思っていたが、意外なことにトウコさんはずっとフットサルに参加し続けた。そのままトウコさんは2年近くグループに参加し続け、その2年間の間にトウコさんはグループ内の男性に告白しまくっていた誰かとディズニーランドへ行き、違う誰かと飲みに行く。アイツに告白したかと思いきや、他の男の車で帰っていく。見事なまでの男のお手玉。男のジャグリングの技術はまるでシルクドソレイユのようだった。

当たり前だがそんなことを繰り返していれば、トウコさんはグループ内で浮いていってしまう。それはそうだ。同じグループ内で次々と男を値踏みしながら乗り換えている人を好意的に見れる訳がない。幸いにもグループ内の男性同士は仲が良かったので変に衝突するようなことはなく、トウコさんの情報は共有された。男性メンバーの中では噂が巡り「あの女はやめとけ」的な空気感の中、トウコさんを中心に置いた歪んだ人間関係が生まれ、トウコさんは次第にメンバーから白い目で見られていた。このままだんだんトウコさんはフットサルには来なくなっていくのだろうと誰もが思っていたが、ある時、転機が訪れた。

ライタ君との出会い

転機とは、フットサルグループに新しくライタ君という男性が入ってきたことだ。ライタ君は当時28歳。フットサルが上手くて、なかなかの男前だった。彼は面白い男ではなかったが、学生時代からきっとクラスの一軍のグループに属していたのだろうと予想される明るい人だ。新しく参加してきた人にトウコさんの話をして、人間関係をややこしくする必要もないので、トウコさんの諸事情の事はみんな黙っていた。

何も知らないライタ君はグループに入って数回でトウコさんと2人で飲みに行き、さらに数回目のフットサルの時には二人は付き合っていた。そしてさらに数ヶ月経ち、トウコさんの妊娠が発覚し、二人は結婚することになった。かなりのスピード婚かつ中出し婚。何にせよ凄まじいスピードのお手本のようなカウンターアタックだった。

何も知らないライタ君

当然だがライタ君はトウコさんが不倫していた事もグループ内の他の男性に告白しまくっていたことも知らない。その事を早くに伝えるべきだったのだろうか。いや、わざわざ人間関係を壊すような耳打ちなどするべきじゃないだろう。でもそれとなく伝える事は出来たのかもしれない。ただ本当にそうすべきだったか?だってしょうがないじゃないか。人の嫌な所を先入観を持ってない人に伝える事は恥ずべき行為じゃないか?

「いや」「でも」「だって」のオンパレードで自己嫌悪に陥る僕

ライタ君とトウコさんがこれほどのスピードで無回転ゴールを決めるとは思いもよらなかった。そして結局ライタ君は今現在も何も知らない人生を歩んでいる。2人の結婚式の二次会に僕らが参加した時、ライタ君は幸せそうにトウコさんとのなれそめと感謝の言葉を話していた。

「トウコと出逢えたのは、皆さんのおかげです。僕はトウコを一生かけて守ります。」

満面の笑みだった。その笑顔が眩しければ眩しいほど、ライタ君が可哀想に見えて僕の心は痛かった。でも、心の痛みとは無関係に二人は結ばれてしまった。

トウコさんと電車の空席

ここで冒頭の電車の話にもどる。僕は電車に揺られている最中、正面の座席に誰も座っていないことに気が付いていた。僕が座らなかったことには理由がある。その席には直前まで汚れた服を着た不衛生な男性が座っていた。

その男性は電車の中なのに手に唾を吐き、その手についた唾液を自分の席に何度もなすりつけてる場面を目撃していたのだ。電車に乗っている僕を含めた周囲の小市民たちはそんなエキセントリックな男性を困った表情で見ていたが、特に何を言うでもなく過ごしていた。駅に着き、その不衛生な男性が降りた後も誰も唾液でベタベタなその席には座らなかった。当然僕も座らなかった。そしてさらに数駅過ぎた後、冒頭のサラリーマンが僕を押しのけてその唾液でべたついた汚い座席に座ったという事だ。

周囲の人たちはその座席の不衛生さや、その空席に人が寄り付かない経緯を知っているから座らなかったのだが、途中から乗ってきたサラリーマンは当然そんな事は知る由もないので、ただただ空いている空席に座った。

・誰も座らなかった電車の空席に後から乗ってきたサラリーマンが座ったという出来事

グループ内で浮いていたトウコさんと何も知らないライタ君が結婚した出来事

その二つの出来事が僕の中で強烈に結びついてしまった。

僕は二つの出来事を重ねた自分自身の感覚に驚いてしまった。僕はトウコさんの事を「唾液でベタベタな電車の座席」のような存在だと思っていた事に、この時初めて気が付いた。人が人を好きになって告白することは美しいことのはずなのに、告白回数が増えると「唾液でベタベタな電車の座席」に等しくなると感じている偏見に満ちた自分の考えにも驚いた。

どうやら僕は、トウコさんの事を軽蔑していたらしい。

待ち受け画面

軽蔑していたトウコさんと何も知らずに結婚したライタ君の事を見て感じていたように、唾液でベタベタな席に何も知らずに座っているサラリーマンを僕は可哀想だと思いながら電車に揺られていた。しかし、ふとそのサラリーマンの手元を見つめて、あることに気が付いた。彼が手に持っていたスマートフォンの待ち受け画面が可愛い子供の写真に設定されていた。その画面を見つめるサラリーマンの表情がどことなく幸せそうに見えた時、僕は自分の考えを改めることにした。他人が自分を憐れむことと、自分が幸せでいることは関係ないのだ、と。

彼は今、唾液でベタベタの座席に座っているが、家に帰ればきっと可愛らしい子供が待っている家庭があるのだろう。お尻の汚れなんて気が付かないかもしれないし、洗えば済むし時間と共に忘れられることだ。お尻が唾液でベタベタなサラリーマンを見て可哀想と感じるのは、見ている僕の偏見で、それは他人の決めつけなのだ。あのサラリーマンが子供を見て感じている幸福とは無関係なのだ。だから、ライタ君を可哀想に感じる事も今日でもう止めようと思う。きっと彼は今幸せで、その幸せを憐れむ権利など世界中の誰にもないのだから。

可愛い子供の写真を待ち受けに画面にしているサラリーマンのおかげで、僕は最後に少しだけ救われた気持ちになれた。きっと、ライタ君も可愛らしい子供が待っている暖かい家で幸せな人生を歩んでいくのだろう。

ただ一つ願わくば、

トウコさんから生まれてきた幸せの象徴である子供が、本当にライタ君の子供であればいいなと思う