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湊かなえ『贖罪』のネタバレ感想と解説

贖罪 (双葉文庫)

湊かなえ『贖罪』を読んだ。

 

湊かなえのイヤミスといえば面白さのは折り紙付きで、デビュー作である『告白』はもちろんのこと、三作目に当たるこの『贖罪(しょくざい)も凄惨な事件が起こる世界に引き込まれ、絶妙に嫌な気分にさせてくれる名作だ。

 

ちなみに贖罪とは、

1 善行を積んだり金品を出したりするなどの実際の行動によって、自分の犯した罪や過失を償うこと。罪滅ぼし。「奉仕活動によって贖罪する」

2 キリスト教用語。神の子キリストが十字架にかかって犠牲の死を遂げることによって、人類の罪を償い、救いをもたらしたという教義。キリスト教とその教義の中心。罪のあがない。

(引用:贖罪(しょくざい)の意味 - goo国語辞書

 という意味のようだ。

 

この作品は、アメリカのミステリー作家協会(アメリカ探偵作家クラブ)が授与するエドガー賞の候補にノミネートされた作品で、同じく日本人作家だと、過去には桐野夏生著『OUT』東野圭吾『容疑者Xの献身』なども候補に挙がっている。素直にスゴイ。感心してしまう。選考結果は2018年4月26日に発表される。

 


という訳で今回はエドガー賞候補に挙がった湊かなえ『贖罪』のネタバレ感想と紹介を書いていきたいと思う。

 

 

贖罪 

 

15年前、静かな田舎町でひとりの女児が殺害された。直前まで一緒に遊んでいた四人の女の子は、犯人と思われる男と言葉を交わしていたものの、なぜか顔が思い出せず、事件は迷宮入りとなる。娘を喪った母親は彼女たちに言った──あなたたちを絶対に許さない。必ず犯人を見つけなさい。それができないのなら、わたしが納得できる償いをしなさい、と。十字架を背負わされたまま成長した四人に降りかかる、悲劇の連鎖の結末は!?(引用|amazon)

 

空気がきれいな町。それだけが特徴の田舎町で一人の女児・エミリが殺害された。犯人が捕まることはなく、被害者・エミリの母親である麻子は事件が起こる直前まで一緒に遊んでいた4人の少女に対して

 

「あんたたちは人殺しよ! わたしはあんたたちを絶対に許さない。時効までに犯人を見つけなさい。それができないのなら、わたしが納得できるような償いをしなさい」

 

と迫る。

 

その呪いとも呼べる言葉に縛られた4人の女の子は成長して大人の女性となるが、彼女らの贖罪はまだ終わっていなかった。それぞれの視点から巻き起こる悲劇の連鎖によって、4人が4人とも他人を殺める人生をおくることとなってしまう。そして最後には母親である麻子も小学生の女の子に復讐を迫るという自らの行為に対する贖罪を行うことになる。

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感想

5人の主人公たちがそれぞれ自分の人生の出来事を語る形式で構成されており、一人称で語る独白タイプの作品なので湊かなえの良さが存分に発揮されている。視点が変わっていくことによって、登場人物たちの印象も少しずつ変わっていくのは一人称作品の醍醐味であると共に湊かなえ作品の醍醐味でもあると思う。

 

ちなみに英訳版(英語の題名『penance』)がエドガー賞候補ということで、本書を読んでみたのだが、難しかったり、美しい日本語表現が多用されているわけではなく、海外ウケするのもわかるようなシンプルな文章にして複雑な構成が楽しめた。

 

タイトルの『贖罪』は、はじめはエミリの母が少女4人に対して求めている贖罪だったはずなのに、気が付くとそれを押し付けたエミリの母が少女4人に対して行う贖罪だったという転換は見事だった

 

ただし、推理小説という意味でのミステリーとしての完成度が高いかというと、僕は疑問に思う。論理性から問題解決を図れるわけではないし、殺人の連鎖というのも誰かの意図から生まれた必然性のあるものではなく、本当に”たまたま”連鎖してしまっただけなので、推理小説としては他人におすすめしたい作品ではない。

 

もちろん、不思議。怪奇といった意味でのミステリー小説ならば、ゾクゾクするような衝撃的な展開が続くのでイヤミスが好きな方には胸を張っておすすめできる作品になっている。

 

では個別のネタバレを少々。これから読まれる方はご注意を!

 

 

『フランス人形』紗英

事件当時、現場で一人エミリの死体の番をしていた。

 

事件のトラウマから逃げるように東京の女子大に進学後、就職先の上司の知り合いとお見合い結婚をする。ずっと犯人が自分を見張っているかもしれないというストレスを感じながら生きており、結婚相手の孝博と海外に行き、夫が自分をフランス人形として愛していることを知り衝動的に殺害する。

 

この作品のインパクトが一番強く、クライマックスへ向けての話の展開も楽しめた。なんだったらこれだけを膨らませて一つの中編小説として読みたいくらい。「犯人が自分を見張っているかもしれないというストレス」から生理が来なかった紗英。海外へ行きそのストレスから解放されることで初潮を迎えることになるが、その視線の正体は長年ストーカーだった現夫の視線だったというのは心の底から恐ろしい。

 

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『PTA臨時総会』真紀

事件当時、先生を呼びに行くはずが一人だけ逃げ出してしまった。

 

一人だけやるべきことをやらずに逃げ出してしまったことからその反動の様に今まで以上に真面目に厳しく優等生として小学校の教師になる。そしてある日小学校のプールに入ってきた変質者を蹴り殺すことになってしまう。

 

まさにデビュー作『告白』の時の独白のような印象を受ける作品で、初めは学校に入り込んできた変質者を撃退したヒロインの様に書かれていたが、実はその不審者の殺害について問題視されていることがわかる構成は痺れる。彼女だけは麻子に何も言われなくとも歪んだ生き方をしていたかもしれない。

 

 

『くまの兄妹』晶子

事件当時、エミリの母に知らせに行くように言われ、麻子に突き飛ばされて怪我を負う。

 

身の丈以上のものを求めると不幸になるという祖父の教えもあり事件の後は引きこもりになる。しかし、唯一の味方だった兄・幸司がクソ女である春花に引っ掛かり変わってしまい、相手の連れ子だった若葉を強姦している場面に出くわして実の兄を殺害する。

 

優しい兄妹がとにかく不幸になってしまうので救いが無さすぎる。個人的には昌子とエミリのやりとりが象徴的で、被害者エミリが一番不幸なのは間違いないのだが性格に難があったのも間違いなく、ワイドショーのように被害者を聖人君子のように描かないところにリアリティーを感じた。エミリは麻子に似ている。

 

 

『とつきとおか』由佳

事件当時、交番に知らせにいき、警察官に優しくしてもらったことから警察官フェチになる。

 

親の愛情を喘息持ちの姉に奪われ続けており、警察官への依存や母との確執から非行に走る。大人になったあとは警察官である姉の夫を寝取り子供を授かるが、そのことを姉にバラされたくない義兄と揉めて、アパートの階段から突き落として殺してしまう。

 

他の三人と比べて事件そのものへのトラウマは少なく、快楽主義な印象を受ける。両親からの愛情が不足していると感じている時期に、その隙間を保管してくれた”警察官”という存在に全幅の信頼を寄せてしまうのはとても良くわかるだけに、結末が切なくなってしまう。

 

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『償い』麻子

事件当時、エミリの事件を受け目撃者である4人の少女が犯人の顔を思い出せないせいで逮捕できないのだと思いこみ、脅迫まがいの言葉を少女たちに投げつけてトラウマを植え付けた張本人。 

さらに言えば、エミリの事件が起きた原因は大学生のころの麻子にあった。当時恋仲にあった友人の秋惠と南条だったが、それを知らないお嬢様育ちで自己中心的な麻子は友人の秋惠に強引に男をあてがうことで、南条との恋仲を知らずに引き裂きさいてしまう。

南条と付き合うことには成功するも秋惠は自殺し、ショックを受けた南条も飲酒運転で人生が狂ってしまう。別れた時点で麻子のお腹の中には南条の子供がおり、その子供がエミリだったのだが、南条はそのことは知らずにいた。

 

そして15年後、南条が当時の事実を知り麻子に復讐をする。

 

しかし、エミリが麻子と自分の娘であることを知らなかった南条は、その復讐のために麻子の娘であるエミリを犯して殺害することになってしまった。この悲劇の連鎖を生んだ一番の原因・・・元凶とも呼べる存在こそ、エミリの母親である麻子ということになる。

ラストで麻子は一連の事件の贖罪として、南条にエミリが南条の娘であることを告げに行く。明確には描かれていないが、おそらく南条は自殺することになるのだろう。

 

いくら愛する娘を失い、絶望の最中にいるからといって、加害者でもない小学生の女の子に対して、

 

「あんたたちは人殺しよ! わたしはあんたたちを絶対に許さない。時効までに犯人を見つけなさい。それができないのなら、わたしが納得できるような償いをしなさい」

 

と迫る麻子の人間性は残念でならない。その一言がなければ、少なくとも四人の命が奪われることはなかったのかもしれないのに。

 

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グリーンスリーブス

音楽がその小説の世界観を構築する骨格になることはわりと多い。

越谷オサム『陽だまりの彼女』では、ザ・ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の「素敵じゃないか(Wouldn't It Be Nice)」の音楽と共に彼女との輝かしい生活の様子が描かれている。 

 

村上春樹『ノルウェイの森』では、ザ・ビートルズ(The Beatles)の「ノルウェイの森(Norwegian Wood)」が流れており、主人公の思い出から作品の世界観を構築するのに一役買っている。というか村上春樹作品と音楽は切っても切れない関係だ。 

 

それらの作品はただ活字として曲名を聞いているだけではなく、その音楽を聴きながら作品と向き合うことで、異常なほど作品の世界観に没頭できるものが多い。

『贖罪』において、その音楽とは伝統的なイングランドの民謡「グリーンスリーブス(Greensleeves)」にあたる。 

 

夏休みのある日。「グリーンスリーブス」が流れる午後6時、少女達はエミリの死体を発見する。どこかノスタルジックな印象を受けるこのイングランド民謡と性的暴行を受けて殺された少女の死体のコントラストは、強烈なインパクトと共に、ただ読んでいるだけでは味わえない恐怖を読者に与える効果がある。

 

これから本作を読まれる方は、ぜひ「グリーンスリーブス」を聞きながらこの作品を読んでもらいたい。マッチしすぎていて、僕は正直恐ろしかった。

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最後に

読むことで嫌な気分にさせられるミステリー作品、通称イヤミス。

 

あえて嫌な気分になる必要なんてないはずだが、湊かなえの作品には中毒性があり、気が付くと手に取ってしまっていることが多い。この中毒性がどこから生まれているのか、今度じっくり考えて記事にしてみたいと思う。

 

ホント、ヘドが出るような嫌な話なのに読みたいって、不思議だよね。