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森博嗣『人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか』感想文:あえて抽象的に物事を考えるとは?

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)

新潮社から出版されている敬愛する森博嗣さんの著書。


小説だけでなく、同書のように”何かの考え方”を示した本も多く出版している森先生だが、個人的にはエッセイ本よりもこういった作品の方が好きだったりする。指向性がある本というべきか、ひとつの物事について潜っていくような本の方が胸が躍る。

この本もそういった深い指向性を持った本なので非常にタメになる本だ。

 

僕ごときが多少本書の内容について触れたところで、内容の深さに及ぶべきもないので今回はネタバレありで、本書の各章ごとに内容の感想を書いていければと思う。

 

 

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか 

森博嗣という生き方

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(出典:amazon)

森先生は1957年愛知県生まれで国立大学工学部助教授職の傍ら1996年に小説家デビュー。デビュー作である『すべてがFになる』にて「メフィスト賞」を受賞。同作から始まる「S&Mシリーズ」、『黒猫の三角』から始まる「Vシリーズ」。真賀田四季博士が主人公「四季シリーズ」など多くの人気作を世に送り出している。

 

また、単体作品として発表されている『「やりがいのある仕事」という幻想』や、今回紹介する『人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いか』などを読むと森さんの仕事や人生や「何事にもとらわれない」という生き方がなんとなく見えてくる。以前の記事でも書いたが、森先生は紛れもなく社会に適合した天才だと僕は思っている。

 

 

1.「具体」から「抽象」へ

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この本に出てくる最重要キーワードは間違いなく「抽象的」という言葉だ。この「抽象的」であることとはどういう事なのだろうか?

 

仕事ができる風のバカ男が「いやぁそういった事はもっと具体的に言ってくれないとさぁ」なんていう言い回しをしているから、どうしても具体的に話すことが正義のような風潮が世の中にはあるが、具体的になると見えなくなるものがある。そして、抽象的は「わけがわからない」事ではない。

 

抽象的とは出来事の重要な要素だけを抽出し、カテゴリー範囲を広げることだ。具体的であることは余計なものがたくさんついていることでもある為、大きな問題を考えるときには視野が狭くなる。会社で問題が起きたとき、その問題を解決することに目を向けすぎて根本解決が出来ないときにこのようなことが起こる。

 

 

2.人間関係を抽象的に捉える

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第二章の人間関係の部分を読んでいて納得した部分として、店舗におけるマニュアル対応がある。

 

マニュアルは具体的なもので、対応は平均化され問題は減るが、それだけでは客の立場で感動はしない。しかし、そこに抽象的な、例えば「お客さんが楽しい時間を過ごせるようにする」という具体的ではない指示をすると、接客する人間は自ら頭を使って考える人間になる。これが抽象的な指示の効果と言える。ディズニーランドは具体的な決まりもあるが、根本が抽象的な顧客満足に向いている事と同様だ。

 

そして、現代は人間関係に悩む人が多いが、悩むことが悪いことと誰が決めたのだろうか。悩むことは別にそんなに悪いことじゃない。そう教えてくれている。

 

 

3.抽象的な考え方を育てるには

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森先生曰く、発想することに手法はないそうだ。言い方を変えると、ヒラメキは狙って起こせないということ。勉強が出来ることと、発想出来ることは全く違う能力で、第三者がその発想力を鍛えることは無理だと結論づけている。

 

また、歳を取ると過去のデータに照らし合わせて最善のルートが導きやすくなるので、その省略可が発想しにくくなる原因のひとつであるとのこと。なるほど、経験が発想を邪魔するというのは経験がある。好きなジャンルのAVばかり見てしまうのも、経験が発想を邪魔していることになるのかもしれない。

 

 

4.抽象的に生きる楽しさ

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この章では森先生の座右の銘もどき?でもある「なにものにも拘らない」という生き方について触れられている。森先生の啓発系著書ではよく「縛られている」「捕らわれている」といった現代人の制約についての言葉が使われているが「なにものにも拘らない」というのはまさにその制約からの脱却のことを指しているのだと思う。


何かに固執して生きるのではなく、もっと自由に生きるべきだと声を上げている。また、ストレスとは自分の思考の中から生まれるという言葉を聞いてハッとした。外的要因は変わらないのであれば、自分を変えてストレスを感じないようにすることも可能なのだ。


水野敬也『夢をかなえるゾウ』に登場するガネーシャも「期待は心の借金」という言葉を発していたが、同じ考え方なのだろう。自分の心がストレスや失望を生んでいるという事だ。 

 

考える「庭」を作る

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そして最後の章では森先生の趣味の庭いじりと脳内の思考を関連付けてやや比喩的に考え方を書かれている。また、考えるときは抽象的だが、その思考のあとには具体的な行動が必要であることも指摘されており、好きな女の子とどうやって仲良くなろうかを抽象的に考えて、実際に行動に起こす時は具体的なプランで行動するようなものだ。

 

頭の中に”思考する場所”として庭を作り、に手をかけ、少しずついじって大切に育むことについて書かれている。ある意味では抽象的なまとめ方をしている所も非常に本書らしいと感じる。

 

 

というわけで

森先生は思考が自由だ。羨ましいから僕も何となくその自由を目指そうとは思っている。ただ、誰しもが森先生のように自由に生きれるわけではないので、出来る範囲で一歩ずつ自らの思考の幅を広げていきたい。

 

抽象的に生きるという言葉に興味を惹かれた方がいたら、ぜひ一読の価値のある本なので手にとってもらいたい

それでけで、あなたはきっと少しだけ自由になれるはずだ。