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ゴリゴリの近親相姦小説『私の男』感想文 -桜庭一樹-

私の男 (文春文庫)

”近親相姦”という言葉はエロ動画のジャンルでしか見ることがない。

 

男性はそういったアダルトなジャンルとして目にする機会があるので、そこまでの非日常を感じないかもしれないが、女性は”近親相姦”という言葉自体に触れる機会がそもそも少ないと思う。しかし、小説の世界は別だ。”近親相姦”というむき出しの素材が圧倒的なエネルギーで描かれている作品はある。その世界に触れる機会に男女の別は特に関係ない。

 

そこで今回は、ゴリゴリの近親相姦を描いた、桜庭一樹『私の男』のネタバレ感想文を書いてみたいと思う。苦手な人は読まないでね。

 

 

 

 

私の男 

あらすじ

落ちぶれた貴族のように、惨めでどこか優雅な男・淳悟は、腐野花の養父。孤児となった十歳の花を、若い淳悟が引き取り、親子となった。そして、物語は、アルバムを逆から捲るように、花の結婚から二人の過去へと遡る。内なる空虚を抱え、愛に飢えた親子が超えた禁忌を圧倒的な筆力で描く第138回直木賞受賞作。(amazonより引用)

 

娘の腐野花と父親の腐野淳悟の二人の人間関係(肉体関係?)をバッチバチに描いた衝撃的な作品で、ねっとりとした肉体的接触の描写や特徴的なプロットで物語が組みあがっている。

 

初めに、この作品の構成における二つの大きな特徴について書いていきたい。

 

 

 

二つの特徴

一つ目の特徴は、章ごとに時系列が過去に遡っていくことだ。

 

第一章では花が結婚式を挙げることになる。これが作中では一番未来の出来事に当たる。文章中には父親である淳悟と花の間に、親子以上関係・・・包み隠さず言ってしまえば身体の関係を感じるような描写があり、それを受け入れているとも拒絶しているとも捉えられる花の狭間の感情が続いていく。

 

なぜ、二人は肉体関係を結んだのか?

なぜ、それを拒絶するようになったのか?

 

それらの疑問を少しずつ遡りながら真相を解明していく作りになっている。話が進めば進むほど過去の出来事になっていくので、登場人物たちの行動原理がわかってくるような作りになっている

 

そして二つ目は、語り部の視点が変わっていくことだ。

 

章ごとに語り手の視点が変わり、違う人間の立場から花と淳悟の関係性を描いていく構成をとっているので、語り手が変わるたびに二人の印象が少しずつ変化していく様子が面白い。ちなみに淳悟の視点もあるのだが、敢えて本人の感情がほとんど文章では書かれていないので、非常に不気味に感じる。

 

その2つの特徴から生まれる構成、花と淳悟を中心に視点を変えながら過去に遡っていく構成は、まるで、大きな渦に巻き込まれながら原点に収束していくように感じられる構成だ。二人の人生そのものが、逃れられない大きな咎(とが)の渦の中にあるように見えてくる

 

そして、その咎の渦から匂ってくる虚無感と哀愁がこの作品独自の苦々しさを生み出しているのではないだろうか。

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近親相姦について

この作品を読む意欲をそぐ一番の敵は”近親相姦”から生まれる嫌悪感だ。

 

本当にゴリゴリの近親相姦描写があるので、思春期の女の子が読んだりしたら吐き気がするかもしれない。一部引用してみよう。ちなみに以下は、花がまだ女子高生の頃の淳悟の視点だ。

 

敷布団が吸いきれない汗が、シーツの上にたまって汗のプールになった。

どちらの汗か、体液かわからないものを体中になすりつけあいだながら絡まると、花が獣のような大声を上げた。ここは東京で、近所に知り合いも誰もいない。花の口を覆う必要もなく、もっと崩れてぐずぐずになってしまえばいいかと、俺も猛った。乱暴な愛撫にも、花のほそいからだは、ひるまず、どこまでもついてきた。

もっと、もっと、と欲望が奈落に落ちるようにどん欲にのびた。

いまでは俺と花は互いのからだをよく知っていて、隠し場所のわからないものをゆっくり探しあうような時間は必要なかった。

(本文より)

 

えっろ。

 

 

 

めちゃくちゃエロい女子高生を相手にしたかなりやばい描写。けど、本音を言えばここはまだ女子高生だからまだマシだ。さらに進んだ章では、もっと幼い花に対して淳悟が行っている行為が描かれていて、さすがにその辺りは読む行為自体がかなりキビしく嫌悪感が湧き出てくる。鳥肌が立つような描写も多い。

 

しかし、そんなムチャクチャでどうしようもない親子の恋愛関係は、当然、一般常識からは許されないその恋愛関係だが、この作品を読み込んでいくと確かにそこには揺るがざる愛情が存在しているように思える。

 

娘として女として圧倒的な愛情で花を包み込む淳悟の生き方を肯定したくなる自分がいる。たとえその愛情を伝える手段が間違っていようとも、たとえその愛情の行く末が苦しみに溢れていようとも、たしかにこれは愛なのだと思う

 

不思議な感覚だが、この作品を読んでいると血が繋がっていてさらに身体の関係があること自体には、そこまで拒否反応を感じなくなる。極論を言えば「本人たちが良いなら別に良いのでは?」という突き放したくなる。変な感覚だ。

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『私の男』というタイトル

二人が過ごしてきた時間という呪縛も含めて離れられない花と淳悟の関係性。その核心を突いているのが、タイトルでもある”私の男”という表現だ。これは花が淳悟に対して抱いている感情なので父親である淳悟のことを花は自分の男だと思っていることになる。

 

ニュアンスが難しいのだが、近親相姦という行為を淳悟が一方的に押し付けているのではなく、花が望んで受け入れている事実があり、その感情が端的に表現されているのが、このタイトル『私の男』ということなのだろう。一方的な虐待の押し付けではなく、お互いが肩を寄せ合うことで生まれる関係性だ。


ちなみに、淳悟に対して”私の男”だと言い切っている部分の描写は凄まじい。少しだけ見ていこう。いきなり凄いことを言うが、作中ではまだ小学生の花に対して淳悟が唾液を飲ませるシーンがある

 

お願い、と目で懇願したら、おとうさんはおどろいたような顔をした。

それから、自分も唇を開いて、わたしの喉のおくにむかって、白い唾液をゆっくりと落とした。

ねばついて糸を引いているそれを、わたしはごくりと飲みこんだ。

こんな飢えがあることを、ほんのすこし前まで、知らなかった……。

(本文より)

 

 

えっろ。

 

 


飲ませると書いたが、実際は花が懇願してそれを求めているのがわかる。唾液を飲みたいという感覚を”飢え”と表現しているところも物凄い感覚だ。まだ続き気がある。

 

もっと。もっと。もっとほしい。

流しこんで。あなたを。吐息を漏らすと、おとうさんは目尻にしわを寄せて、さびしそうに微笑んだ。

そうして、またいくつも、いくつも、わたしの喉に唾液を落とした。

(本文より)

 

えっろ。

 

 

 

僕はこの中の描写”おとうさんは目尻にしわを寄せて、さびしそうに微笑んだ。”という部分が、この作品の中で一番淳悟の人間らしい感情が表れているのではないかと思う。言葉に出しているわけではないが、「お前もこっち側に来ちゃったな」とでも言っているような描写。嬉しさと哀れみが混ざっているような感情。愛しさと諦めの感情だ。

 

そして、最後に花がどうして淳悟の唾液を欲するのかも描かれる。

 

わたしは飲み干して、こころにあふれだした死のように暗い興奮に、

これがおとうさんの欲望の正体なのかなと思った。

唾液が白い泡のかたまりになって、また流れこんでくる。

ごくり、と飲んだら舌の上でおとうさんがねばついた。

この一滴で魔法がかかって、おとうさんそのものになってしまいたい。

そしたらずっといっしょにいられる。飢えなくてよくなる。逃げなくてよくなる。

 

私の男。

私の男。

おとうさん。

(本文より)

 

えっろ。

 

 

 

小学生相手の完全アウトな描写なのだが、その行為にも理由がある。花は家族を災害で亡くしていて、一緒の墓に入ることも出来ない状態だった。そんな中で出会った淳悟という養父(実際は血のつながった父親)という存在との強いつながりを求めており、その行為として相手の身体の一部を自分に入れることで、少しでも相手と自分の境界線をなくそうとしているのだ。

 

お互いに家族がいない中で、家族になるために相手の一部を求める行為といえば、理解できない事もないが、実際に読んで見ると目をそむけたくなる描写だ。

 

ただ、花が血の繋がりという側面からも、男女の身体の関係から見た恋愛的な側面からも、淳悟のことを唯一無二の”私の男”だと思っていることは間違いない。そしてその象徴的な言葉をタイトルにした桜庭一樹のセンスは素晴らしい。

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最後に

社会的に禁忌とされている行為にスポットを当てるのは勇気がいる。

 

この作品の”近親相姦”というテーマにしてもそうだ。内容はかなり過激で読む人によっては問題視してくることもあるだろう。それでも作者の桜庭一樹さんはそのテーマから目をそらさずに作品を作ったのだ。

 

読者としてできることは、その意思に応えるべく目をそらさずに作品を読んで、自分なりの意見と感想を持つことだけなのではないだろうか。