鳥人間コンテストは現実でも小説でもパイロットがウザいほうがウケる『イカロス・レポート』竹田真太朗

  • 2021年6月30日

先日読んだ中村航さんの『トリガール!』が思いのほか青春していて楽しめたので、同じく鳥人間コンテストを題材にした作品が他にもないのだろうかと色々と探し回ってしまった。そこで発見したのが、この竹田真太朗イカロス・レポート』である。

イカロスという墜落の象徴のような存在を敢えて人力飛行機と重ね合わせているあたりに面白味を感じる題名で、同じく鳥人間コンテストを題材にした青春小説になっている。

今回は、その『イカロス・レポート』のネタバレ書評・紹介をしてみたいと思う。お付き合いいただきたい。

ちなみに『トリガール!』の感想はコチラ

イカロス・レポート 

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あらすじ

新宿区の大学に通う理系大学生・坂崎基樹。彼は「サイクリング同好会」に所属し、人生に波風立てる異性の影も形もない、平凡な日々を過ごしていた。そんな非モテ男が「航空機研究会」に所属する親友・萩山寅泰の「上手く飛べば、モテる」という一言で、鳥人間コンテストをめざすことに。航空機サークルの下級生・児島花澄に一目惚れした坂崎は、授業そっちのけで猛特訓を続けるが、あるトラブルが彼の心に大きな影を……。弱小航空機研究会で繰り広げられる、<恋>に不器用な理系男子たちの真っ直ぐな青春ストーリー!

引用:amazon

この作品では元々サイクリング同好会に所属していた主人公・坂崎がモテる為に友人である萩山に誘われ航空機研究会に入って鳥人間コンテストで飛ぶまでの物語が描かれている。同じサークル内の児島さん(たぶん表紙の女の子)に恋をした主人公は、彼女の前でカッコつける為に空を目指すわけだが・・・。

受験と恋愛成就の願掛けの為に、半年間自慰行為を我慢するようなアホな主人公なので、性格はまっすぐで読んでいて気持ちがよく、素直に応援したくなる主人公なのではないだろうか。

感想

全体的に読みやすい。いや、読みやすすぎると言っていいくらいなので、おっさんの僕が読んでいると少し気恥しさを感じるくらいの文章になっている。

気恥しいと感じる理由として、物語の語り手として主人公が使っている一人称が『私』なのだが、その『私』という一人称に対して物語の展開がポップで若々し過ぎる為、全体的に作者が背伸びをして文章を書いているように感じてしまう。主人公の性格に合った『オレ』という一人称にするか、そもそも一人称での語りを止めた方がこの作品に合っている気がしてしまう。たぶんそのギャップが気恥しさにつながっているのではないだろうか。また、一人称の物語のはずなのに、いきなり関係のない視点から展開したりするので、技術的な未熟さはやや感じてしまう。

と、なにやら不満を書きまくっているのだが、そんな感想に反して作品は面白くて一気に読んでしまった、笑。作品の特徴は『トリガール!』と対比をしてみると見えてくると思う。

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『トリガール!』との比較

まず、この作品の方が恋愛に比重を置いているという点が挙げられる。モテたいが為にパイロットを志すという時点で、恋愛比重になるのは頷けるし、恋愛比重なることでパイロットになってから本番を迎えるまでの日常的な描写が濃密に書かれている印象を受けた。

また、主人公だけの恋愛ではなく、他の登場人物たちの恋愛話もいくつか盛り込まれており、それぞれ違った印象の男女間の関係性が描かれているのも楽しめるポイントだ。

他には、散りばめられた伏線の数はこの作品の方が多い。割と綺麗に回収されて読み終わりのスッキリ感が味わえるのもこの作品の特徴だと思っている。

逆に似ている点もある。装丁が女の子が眩しそうに空を見上げる絵になっていて『トリガール!』の表紙とよく似ている。鳥人間コンテストを題材にする小説は、表紙を可愛らしい女の子にしなければならないという出版業界での暗黙のルールでもあるのだろうか、笑。ただ、イカロスレポートの方がやや媚びてる絵に見える。偏見だけど。

空を飛ぶ事

作中でのパイロットたちはただ楽しく「空を飛ぶんだワーイ」というテンションなどでは空に挑まない。裏方の製作者たちの一年間に及ぶ努力をその一瞬に懸けるわけだから、当然と言えば当然だ。

主人公の坂崎も途中でその重みを痛感する。一回目の飛行訓練の墜落事故のあと、モテたいという動機も忘れて空を飛ぶ事を怖がりはじめるのだ。そしてそのプレッシャーに負けてパイロットを辞退しようとする。

初めは事故の恐怖から逃げているのかと思いきや、元パイロットである緒方教授には見透かされており、「みんなの想いを台無しにするかもしれないことが、そんなに怖いか」と本心を突かれる。自分一人で自転車を漕いでいるぶんにはわからない感情だが、人の想いを背負って飛ぶことの怖さを坂崎が心から感じているシーンだ。

また、同様に空を飛ぶ事に未練を残すハジメ先輩の存在が良いアクセントになっていて、物語にちょっとした深みを与えてくれていることは好印象を受けた。

格好よく墜落する競技?

新しい発見というか、作中で最も「なるほど、面白い考え方だ」と妙な納得を覚えた場面がある。それは、主人公の坂崎を航空機研究会に誘うために萩山がいったセリフで以下のようなものだ。

P24
「俺たちが目指している大会は、『カッコつけて落ちる大会』だ」
~中略~
「人間は鳥にはなれない。いつか絶対に限界が来て落ちる。だから高さの稼げる発射台から、落ちても衝撃が少ない湖に向かって飛ぶんだろ。雲の上なんか目指しちゃいないさ。カッコつけたがりのイカロスたちが集まって、その中で最もカッコよかったチームが優勝する。それが俺たちの出場する大会だ。~以下略~」

思わず「確かに!」と納得してしまった。鳥人間コンテストの飛行機は必ず壊れるのだ。

長く飛ぶ=格好いい】と考えれば、確かにいかにカッコよく落ちるかを競う大会と言われれば納得してしまう。なるほどTVで見ている実際の鳥人間コンテストでも、

「うおおおおおおおおおおおっオレの限界はああぁぁぁぁこんなもんじゃあああああねええええぇぇぇぇ」

みたいに絶叫しているバードマンたちをよく見かけるが、カッコいいかどうかはともかく、カッコつけていて可愛いもんだなぁと思ったりする。最終的に絶対に落ちる飛行機に、とにかく長く乗ってカッコつける大会・・・確かにそれが鳥人間コンテストなのかもしれない

大会のあとのネットスラング

面白味が最大限に発揮されているのは、実際の描写こそないものの、坂崎が実際に飛んだときの言動がネットの世界で盛り上がってニュース?になり、世界一カッコいい飛行宣言として、ネットスラングになってしまうところだ、笑。

P240

『○○飛ぶぞぉ!』
○○飛ぶぞぉ!とは、航空機研究会鳥人間プロジェクト「BAMP」に所属する大学生、坂崎基樹の魂の叫びであり、世界一迷惑なカッコいい飛行宣言である。
~中略~
その後のフライト中も坂崎基樹は彼女に対して恥ずかしい熱い発言を連発。そして、まるで「これが俺の二回目の告白だ!」とばかりに放たれた表現の力強い台詞は視聴者の心を奪い、彼女のサークル内での立場も奪い、ネット上に伝説として語り継がれることになった。

このように全国ネットのテレビ番組中に、全力の告白をしてお茶の間を賑わせることになるのだが、読んでいてニヤニヤが止まらないとはこのことだった、笑。サッカーでいう所の「大迫ハンパないって!」というような、ネットで盛り上がりを見せるワードが、鳥人間コンテストでも誕生した瞬間といえる(フィクションだが)。

最後に

作品の主軸となるテーマは男はみんなカッコつけのイカロスであるということだ。

作中での緒方教授の言葉でこういうものがある。

P167
「~前略~男は誰もがイカロスだ。
~中略~
男にとってカッコつける行為は、女にとっての化粧やファッションみたいなものだと思って欲しい。そういう生き物なんだ。」

意地っ張りのカッコつけが男のすべてとは思わないが、好きな人にだけはカッコいい自分を見せたいという気持ちは男なら皆理解できてしまう感情かもしれない。だからこそクサいプロポーズの言葉や、派手な演出のサプライズが横行しているのだろう。本当にそれがカッコいいかどうかは神…というより女性のみぞ知るといったところだが、笑。

何にせよ、鳥人間コンテストものというジャンルを読んでみたい方はぜひ手に取ってもらえたら嬉しい作品だ。

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