森博嗣『銀河不動産の超越』感想文:ユルユルと幸せになっていく話ってなんか良いよね

森博嗣の作品は多彩だ。ミステリーはもちろんだが、幻想的な小説近未来のSF小説などカテゴリーにとらわれない作品を世に生み出している。

そんな数ある森作品の中で非常に希に優しく温かい作品が生まれることがある。

今日の作品『銀河不動産の超越』はそんな優しく温かい作品で、何とも言えないユーモアのある魅力的な作品になっているので、感想を含めた紹介をしていきたいと思う。

一部分ネタバレもするので未読の方はご注意を!

銀河不動産の超越 Transcendence of Ginga Estate Agency

あらすじ

気力と体力不足の高橋が、やっと職を得たのは下町の「銀河不動産」。頑張らずに生きる―そんな省エネ青年を訪れる、奇妙な要望をもったお客たち。彼らに物件を紹介するうちに、彼自身が不思議な家の住人となっていた…?「幸せを築こうとする努力」が奏でる、やさしくあたたかい森ミステリィ組曲。

引用:amazon

たぶんこの作品は皆さんが想像しているような話ではないと思う。

主人公が不動産屋で働いて客に物件を紹介していく話と聞くと、問題があり苦労してそれを乗り越えていく体験を経て人間として成長していくような熱い物語がイメージされる。

しかし、この物語はもっとマイルドで優しく、流されているままに人と接していく主人公の高橋が、何だかわからないうちに自然と幸せになっていく物語なのだ。だから肩の力を抜いて読めるし、なんだったら軽いヒーリング効果もあるような作品になっている。

感想

自分の人生の幸せを戦ってもぎ取るタイプの人間でなくても、自分の人生に真摯に向き合っていれば、転機や幸せは自然と転がり込んでくるという事を教えてくれる優しい作品に感じた。

この作品の象徴は主人公高橋が間宮夫人から間借りしている”だ。

大きな空間の中央にポッカリ浮かぶ2階部分に住むことが、宇宙の中の自分のメタファーのように描かれており、その宇宙に様々な人が出たり入ったりすることで自分の人生に関わった人たちとのつながりの大切さも教えてくれているようだった。

大きくて素敵な空間に人が出会い集まり、ゆるりと暮らしていく独特の幻想性のようなものも感じられ、全体的にやさしくてふわっとしている蒸しパンのような素敵な作品になっている。

また、結末という訳ではないが、最終章で間宮さんのお宅で主人公達が見た模型が暖かくて、その模型から自分たちが生きてきた努力や幸せが溢れているようで感動してしまう。読後感は、小川洋子さんの作品のように静謐さの中に温かさを感じられるようで、さらに森博嗣作品のファンになってしまった。

登美子さんが素敵

作品に登場する登美子さんは本当に可愛らしい。僕は勝手に岸井ゆきのさんをイメージしていた。

押しかけ女房的に登場した登美子さんだが、一歩引いた感じで可愛らしく、自分の意見はしっかりと主張してくれてパンクバンドをやっている。

読んだ人は共感してくれると思うが、昼間に家に帰った時に掃除機を止めて高橋に抱きつくシーンとか可愛くて仕方ない

あと、2階で寝ている場面で登美子さんがくっついてきて「赤ちゃんが欲しいのです」とかもう記念碑を建てたいくらい可愛らしいではないか。

勝手な想像だが、多少なりとも森氏の願望と奥様との実話が反映されているのかな等と勝手に考えてします。

なんにせよ、魅力的な登場人物であることに変わりはない。

最後に

何かを勉強したり深く感銘したり、劇的に人生が変わるような体験だけが良い読書とはいえない。この小さな文庫本のように優しく素敵な人間の人生の一部を見せてもらうような読書も素敵なものだ。

人生に悩んだり、自分の選択に後悔しそうな人は、優しく応援してくれるようなこの作品を読んでほしい。

悩みは解決しなくとも、あと2歩3歩進むための原動力にはなるかもしれない。是非おすすめです。