皆川博子『開かせていただき光栄です』紹介と感想文:どこか幻想的で甘い腐臭が漂う解剖ミステリーはまぎれもない傑作

  • 2022年7月8日

『開かせていただき光栄です』という作品名を聞くと、非モテ男が佐々木希チックな彼女を初めて抱く時に言いそうなセリフランキング一位みたいだが、そんな冗談を言うのが本当に失礼だと書きながらすでに反省しているほどの傑作小説。

物語の展開が一切読めない胸躍る作品になっているので、この作品について書いていきたい。

いつもどおり重大なネタバレはせずに紹介したい。

開かせていただき光栄です

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ストーリー

18世紀ロンドン。外科医ダニエルの解剖教室から、あるはずのない屍体が発見された。四肢を切断された少年と顔を潰された男性。増える屍体に戸惑うダニエルと弟子たちに、治安判事は捜査協力を要請する。だが背後には、詩人志望の少年の辿った稀覯本をめぐる恐るべき運命が……解剖学が先端科学であると同時に偏見にも晒された時代。そんな時代の落とし子たちがときに可笑しくときに哀しい不可能犯罪に挑む。

(引用:裏表紙より)

重要な要素として解剖室から出てきた2つの屍体は誰のもので何故そこにあるのかという点。そして、屍体を解剖する外科医ダニエル達と、今でいうところの警察にあたる盲目の判事ジョン・フィールディングと、感情移入したくなる登場人物たちを中心に話が展開していくことも物語を楽しめる要素だ。

作者:皆川博子

『双頭のバビロン』『海賊女王』など、近年でも年齢が80代とは思えない活動的に執筆活動を行っている皆川先生。本作『開かせていただき光栄です』でも第12回本格ミステリ大賞を受賞している小説家界の重鎮だ。

過去には『恋紅』で第95回直木賞を受賞されてり、ミステリーに限らず時代小説、幻想小説など幅広く小説の世界を構築し続けている。そして2015年に文化功労者*1に選出されている。いや、もう単純にすごい。

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感想

読書中に気が付き驚いたのが、僕は18世紀のロンドンなんて知らないし、イメージすら持っていないはずなのに、読んでいくと街並みや雑踏、安全性や文化がスーッと頭に入ってくる。これは本当にすごいことだ。

その当時、まだ解剖学が浸透していない時代の解剖教室で違法で手に入れた死体の解剖の最中から物語が始まるのだが、そういった特殊な状態から始まる物語なのに、違和感のない説明や話の展開で時点で一気に引き寄せられ、気が付くと物語の世界へ浸かっている。

暖炉から出てきた青年の死体と近い容貌をした、詩人のネイサン・カレンが中心となる別の物語が始まってからは、彼の生死を考えてそわそわしっぱなしになり、感覚的にはトイレに行きたいようなムズムズを常に抱えながら物語が進んでいく(一応、良い意味として言っているつもりだ笑)。どのように計画すればこの複雑な物語を、この作品のように美しく他者に伝えることが出来るのか、そのプロットの組み方の巧みさには唸るばかりだ。

読む前の印象では、てっきり解剖学を駆使しダニエル先生と解剖教室の面々が犯人を追い詰めていく物語かと思いきや、推理パートはフィールディング判事とアンが展開していくので、話の展開が読みにくく最後の最後までハラハラ出来る。いくつかの離れた場面で物語が展開していくと、普通は主軸が定まらずパラパラした印象になるのだが、この作品はその全てが主軸となり絡み合い、一つの大きな幹になることが作者の筆力なのかもしれない。

物語の展開はきっと読者の想像しているようなルートへは進まないだろう。予想を裏切る展開という意味でも皆川先生には感服だ。

魅力的な登場人物

決してキャラクター小説というわけではないが、本当に生き生きと動き回る登場人物たちがたくさん出てくるのもこの作品の魅力の一つだ。

たとえば外科医のダニエル。彼は素晴らしい研究者で優秀な解剖学者で優秀な外科医だが、同時に周りが見えない奇人で私生活が頼りない。その奇人のダニエルを弟子たちがサポートする環境も師弟間の愛情を感じさせる場面だ。少しネタバレをするが、その魅力的な師弟関係の中で唯一失敗した返答をダニエルがするのだが、後から考えるとその返答が大きな影響を与えているようで悲しくなってしまう。

また、盲目の判事ジョン・フィールディングの姪で”目”であるアン=シャーリー・モアも愛らしい。男社会の中で気を張って強く接している反面、時折見せる女性的な一面が可愛らしく、彼女の魅力を引き立てている。

他にも若者的で自尊心が高いネイサン・カレンや、天才画家ナイジェル、賢く頼りがいがあるエド。饒舌(チャターボックス)クラレンス。肥満体(ファッティ)ベン。骨皮(スキニー)アルなど、ユーモアに溢れた面々が並ぶ。

まるで英国作家が自国の事を書いた物語を和訳したかのようなテクニックでより一層物語とキャラクターを際立たせていく。キャラクターがこれだけ魅力的でさらに物語としてのレベルも高いことにため息が出てしまう。

最後に

これだけ文章としての濃度が濃くて、話の展開が読めず、ミステリーとして完成度が高い作品は滅多にお目にかかれない。

ちなみに題名である『開かせていただき光栄です』の意味は始めに書いたように童貞男が初めて女性の股を開く訳ではなく、『お会いできて光栄です』の英語表記をもじったものだ。本当に題名まで洒落ている。

続編にあたるアルモニカ・ディアボリカという作品もあり、その内容もまた素晴らしかったので、後日、感想を書かせてもらえればと思う。

引用:wikipedia:文化功労者(ぶんかこうろうしゃ)とは、日本において、文化の向上発達に関し特に功績顕著な者をいう。文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)に定められる。文化勲章よりも多くの者が選ばれ、文化勲章に次ぐ栄誉となっている。文化勲章受章者は、すでに亡くなっている人物を除いては、文化功労者にあわせて決定される。

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