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古谷経衡【「意識高い系」の研究 (文春新書)】はSNSで「リア充アピールうぜぇ」と日々感じてる方必読の資料

SNS上に蔓延るリア充アピール、意識高い系発言、おかしな角度の極論、自分探し…。

上記関連の投稿は極力見ないようにしている。
見ていて痛々しいし、意義を唱えるのも面倒。
そもそも他人の投稿にとやかくいう権利もない。
なので痛投稿を見る度、フォローを切るか非表示にしている。

ただ、投稿者の狙いは数年前から気になっていた。
なぜそこまでプライベートを切り売りするのか?
「リア充アピールうぜぇ」で終わらせるのではなく、掘り下げて考えてみた。

 

 

 

リア充アピール、意識高い系の調査結果

「リア充」や「意識高い系」の結論は以下になる。

  1. 本当のリア充はアピールしない
  2. 意識高い系を支えているのは地味だった10代

1.本当のリア充はアピールしない

容姿で説明すると、容姿淡麗の人はアピール活動が控えめか皆無。
SNSの情報発信では、その人が登場する率は極めて低く、多くはその人目線のモノや風景止まり。
巻き髪、チークなどの小細工はせず、薄ピンクや白のマフラーもしてない。
おっさんが喜ぶような露出度高めの洋服は選ばない。
性格は割りとサバサバしていて、媚びることはない。
当然サングラスは持ってない。

一方、そこそこの容姿かブスは他者の"褒め”を肴にしてるので、確認作業を繰り返してバランスを保っている。

Twitterやインスタでこんな投稿を見たことないだろうか?

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※写真はイメージ

「急いでたから髪ボサボサwww ブスですいません^^;」

これは極論だが、自らを下にして援護(褒め)を待っており、本人の心境は「(これでも可愛いよね?)」だ。

このような投稿に対し
→いやいや可愛すぎwww
→超可愛い(•ө•)♡
など、肯定的なコメントを残す人が多い。

・すっぴんだけど
・前髪切りすぎた
・少し太った
これらも同様で、援護(褒め)しやすい下地を自ら作り、餌に釣られた人の褒めが届くシステムとなっている。

つまり、リア充アピールがウザいのではなく、見え透いた狙いがウザいが正しい。

 

2.意識高い系を支えているのは地味だった10代

結論を先に言ってしまうと意識が高いのではなく、自意識過剰。
また《◯◯デビュー》の一種でもある。

私の高校時代の同級生で、天パ&メガネの地味男がいた。
名前は仮で石橋君としておこう。
石橋君は京都の大学に進学し、高校卒業と同時に京都へ移り住んだ。
そして約10年後、Facebook上でたまたま石橋君を発見したが、もう私の知ってる石橋君ではなかった。

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やたらと長文でポエミーな投稿を繰り返し、勉強会やセミナーで登壇者との[俺こんな凄い人と繋がってます]アピール。
仕事の失敗をやたらとポジティブに書き、女性からの「頑張って」コメントに「おっ、おう笑」という江口洋介的な返し。

飲み屋にて「◯◯君とサシ飲み!幸せな時間です」もあれば、会社で女性社員から誕生日プレゼントを貰ったらしく、プレゼントを顔の横に付けた画像をアップして「この会社入って一番のモテ期きたわ笑」などなど、友人も女性関係も全く困ってないですよアピールがえげつなくなっていた。

こうして並べると私の僻み妬み嫉みになるが、伝えたいのは石橋君の自慢がウザくなったことではなく、地味だった石橋君が変わり果てたこと。

何が石橋君を変えたのかと考えた時、地味だった高校時代を暗黒に葬り、新しい石橋君を誕生させようとしたのではないか?という結論に辿り着いた。

例として石橋君を使ったが、ネット上で見かける意識高い系も、多かれ少なかれ同じ臭いがしてならない。

オシャレな場所で開催される何やってるのか分からないセミナーを見ると、登壇者も参加者も似たような人達が集まっており、目的は何を学ぶかではなく【オシャレタウンでイケてる人と同じ時間を共有する】こと。
他者へのアピールに他ならない。

そして、なぜそういう行動に出るのかを考えると、石橋君を思い出す。
単純にイベント好きな人も参加しているだろうが、多くは地味だった10代の反動ではないかと。

刑事ドラマを見ていると、犯人は単なる犯罪者ではなく、過去に大事な人を失ってる被害者でもあったという内容をよく見る。
あれに近い。

 

 

 

「意識高い系」の研究

ここまでリア充と意識高い系について書いてきたが、これはあくまで私の考え。
元々パーティーやセミナー、懇親会、異業種交流会などがあまり好きではないという背景があり、偏った内容になってしまった。

もう少し別角度の意見が欲しいとamazonを眺めていたら、古谷さんの新書を発見。
Kindle版は2月24日ということで本屋へ行って購入。 

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内容紹介
あなたは「意識高い系」? それとも「リア充」?

カフェでMacを広げ、自己啓発セミナーへ熱心に通い、休日はバーベキューやパーティー。
そんな自分の姿をSNSにアップする……。こうした「意識高い系」の人々はなぜ生まれるのか。
「意識高い系」が放つ特有の「実力なき自己顕示欲」は、何に由来するのか、どのような経緯で構築されたのか。
「意識高い系」を「地方上洛組」と「在地下克上組」との二種類に分類し、その輪郭をあぶりだす。

また、ともすると混同されがちな「リア充」と「意識高い系」だが、「土地」と「スクールカースト」をキーワードに、両者が似て非なる存在であることを論じる。

「大学デビュー」に賭けて、故郷の北海道から関西へ進学し、入学式の前に髪を金色に染めた著者は、「意識高い系」とは私にとって他者ではなく、同族の問題--と、本書の中で綴っている。
そんな著者が、データを援用しながら彼らの生態を徹底的に掘り下げた。そして見えてくる現代社会の抱える問題とは。

これは決してぶっちゃけ本ではない。
土地とスクールカーストの切り口から、リア充意識高い系の真実を語った研究資料だ。

土地とリア充を結びつけるのは意外だったが、読んで納得した。
スクールカーストも興味深い。

第一階級・・・社交的で容姿にも恵まれた学内の人気者
第二階級・・・社交性も容姿も第一階級には及ばないが異性経験あり
第三階級・・・社交性、容姿は第一、二に遠く及ばず異性経験なし

この中の第二階級が【意識高い系】になりやすいということ。
確かに圧倒的な容姿も社交性もないけど、チェリーでない人に限ってウェイウェイしたがる傾向にあった。

また、第三階級の説明には続きがある。

まれに大学デビューを経て、潜在的「意識高い系」になる場合もある。

これまさに石橋君。

 

真のリア充

土地とスクールカーストの絡めた人が真のリア充となるが、そんな人いるのだろうか?
地元や知人の中で、実家が金持ち(お父さん社長など)or地主の子は、デブ、バカ、運動音痴、不細工のいずれかに当てはまり、決して第一階級とは呼べない人達ばかり。

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一般人では難しいので、芸能で探すとあっさり見つかった。
まずは嵐の櫻井翔

 

また、三代目J Soul Brothers、EXILEの岩田剛典もそう。

うむ。
真のリア充だ。
ただ、これは運による。
実家が金持ちという条件ならクリアしてる家庭も多そうだが、それに加えて子供が容姿端麗で社交的となると、一気に条件が厳しくなる。
だからこそのリア充。

一方で意識高い系の人は、真のリア充との間にある圧倒的な差を埋めようと必死にもがく。
その結果、自身が思うリア充を勝手に膨らませて迷走し始める。

行動 ⇒ 高級ブランド、ジュエリー、パーティー、高級料理店、海外のホテル
キャラ ⇒ 高圧的で人を見下し、自身は相当先を歩んでいるという錯覚
恋愛 ⇒ 特定の相手を作らず不特定多数の中からピックアップ

これらが見る人によっては「は?何言ってのテメー?」となり、意識高い系(笑)などと呼ばれる。

 

意識高いことは悪いことではない

意識高い系は小馬鹿にされる傾向にあるが、意識高いこと自体は悪くない。
誰もがジムやヨガ通いできる体力を持ってる訳ではないし、休日までキャリアップを考えて行動するのも立派だ。

問題は途中から自意識過剰になり、ナル成分が激増すること。

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燃えるのはほどほどに。

 

【「意識高い系」の研究】のおわりに、こんな記載があった。

〜絶縁したはずの地元の情報について、なぜそんなに詳しいのかといえば、当然彼らと直接連絡を取り合っているのではなくて、フェイスブックで彼らの名前を夜な夜な検索しては盗み見るという、盗撮の助平のようなことを恥ずかしげもなく10年近く繰り返しているからである。

〜彼らの人生よりもまだ幾分、自分のほうが成功しているのであるに違いないという確認をし、溜飲を下げたい心情に陥るからである。なんという浅ましい根性であろうかと、自分のことながら自分を叱責したくなるのだが、こればかりはやめようがない。

分かる。
物凄く分かる。

フェイスブックといえば、私は同級生のフェイスブックページから旅行や飲み会で撮影したと思われる写真をダウンロードし、フォトショでアイコラを作り、それをこのブログメンバーに送っているという、さらにゲスなことをしていた。

でも、これもやめようがない。